登ったり降りたり

猫というのは歳を取るとともに、昔楽しんだ遊びをしなくなるものである。
もうニャンギーは踏み切りから一回転半して私の手首にくらいつくという銀牙流れ星銀の必殺技みたいな遊びもしないし、ひもをちらつかせてもふいっと横を向いてしまうし、あんなに好きだったネックレスチェーン(通称チャリチャリ)にも、うさぎの尻尾のような毛玉にゴム紐をつけたおもちゃにも興味をなくしてしまった。

10歳をすぎた頃から、体をかかえてベッドにぽーんと放り投げてやると興が乗ってそのまま家じゅうを一周し、また戻ってきたのをつかまえて放り投げるという「ぽーん」にはまっていたが、そのぽーんも、いつしかよたよたちょこちょこと走るニャンギーを後から追いこさないスレスレで歩いて尾けていき、ベッドのそばまで来たら抱え上げてそっと布団の山の一番高いところに置いてやる、というソフトなものになり、今ではそれも楽しむことが出来ない。

この半年、ニャンギーの唯一の遊びが「登ったり降りたり」だ。
一日の仕事を終えて人が布団に入ると、よいしょと飛び乗ってきて、人体を丘陵地にみたててトレッキングをする。足首の左からのぼって腹の右へ降りたり、方から入山して尾根伝いに歩いてすねのあたりで下山(途中腹の上で休憩)したりときままに起伏を楽しんだあと、最後の爪とぎに行って、また戻ってくる。そして枕の上で眠る。人間は枕のあまった部分にようやく頭をのせることになるが、猫の姿勢に著しく影響された角度と姿勢をとらざるを得ないため、猫の腰に顔をうずめてベッドに対角線で寝たりする。

ここしばらく、ストーブ前のホットカーペットで寝ていたニャンギーだが、明日には死んでいるのではと思うとつい布団につれてきてしまう。昨日も一度抱いて私室に入ったが、やはりニャンギーは寒いのがいやなのか、茶の間に戻ってしまった。だが、バリバリと爪とぎの、結構力強い音が聞こえてきて、やがてニャンギーは戻ってきた。

よいしょ、とベッドによじ登り、登ったり降りたりを始めた。というより腹に登ってそこで喉を鳴らした。「ここで寝るからね」ということだ。その後よろけながら枕までようようやってきて、かなり時間をかけてスフィンクス座りをした。立った姿勢から眠る姿勢に移行するのにも、人も猫も知らず知らず体各所の筋肉や神経を使っているのがわかる。一足一足踏みしめるようにゆっくりと体を下ろし、最後にはドタリと体を地に預けることになる。

目がさめると枕の横で私を見下ろしていた。そしてベッドから窓辺にうつり、東向きの窓からの朝日を浴び始めた。あともう何日この姿を見られるだろうか。