動けなくなったので

もう眠剤飲んで寝ます。きかなそうなのでちょっと多めに。
きかないときはほんときかないですからね。
とりあえず、入れるだけ入れました。あとはひとつひとつ番号をふりながら、中身を別紙に書き写して、「やっぱりこれはこの業者には預けられない」と思うものを引っ張り出して別便ヤマト箱に入れます。
引越し荷物を送り出したら、今度は組立家具の解体。すごい量の粗大ゴミになってしまったので、分解しないと置き場に入らないの。
腰が痛くなってきたのでサクロスベルトしてます。
そしてずーっとタカハシ君のことを思い出してる。
誰かっていうと、臨時教員として半年単位でいろんな学校をまわっていた人で、なので引越しの手際がとてもよかった。常識人だし、年よりずっと落ち着いてたし、こういう人が教師になるべきだと思ってた、私なんかより。
今どうしてるんだろう。
教員採用のハードルがどんどんあがって、この国はもうほんとに、本腰入れて子ども減らす気だけど(そうとしか思えないんだよねー。でもまあ、教員は増やそうと思えば簡単に増えるからな)、39歳の年齢制限ぎりぎりまで試験を受け続けても受からず、その年齢で民間に放り出される臨時雇用教師ってその後どうしてるのだろう・・・。

という話を、以前同じ学校にいた、今、定年まぎわの先生と話したら「やるだけのことは精一杯やった結果なんだから、本人としては悔いがないんじゃない?」と言われてかなり驚いた。いやそういう問題じゃないよねえ?生涯賃金とか生涯設計とかキャリアプランとかつぶしがきくきかないとか、親の老後とか本人の老後とか結婚とか!!そもそも文科省の人事採用はそれでよいのかね!?段階的に減らしつつ、足りないところはフリーターで補って、しかもその間ほかのバイトは許さない、普段の業務もしながら採用に向けて勉強しろっていう、すごいきつい生活を教員未満の有資格者に強いてるんだよ。
あと前から思ってたけど、「組合は先輩が残してくれた大事なものだから〜」とかそんな理由で組合入るって、どうなの?あんたらに労働争議は必要ねえよ!

・・・という発想が出るようになったことが、教員をやめた一番の収穫でした。