作文による評価の難しさ

バレエについて色々検索していてたどり着いた高野史緒さんのブログhttp://takanodiary.cocolog-nifty.com/が面白くて読んでいるうちにテクスチュアル・ハラスメント裁判というものを知り、口から胃袋が出るかと思うほどびっくりした。

フェミ系の本を一番読んでた頃の事件なのに知らなかったことにも驚いたのだが(エヴァンゲリオンに今も昔も興味がないせいだろうか)、男子と女子の文章力の差を日々実感している身としてはこんな裁判がおこりうること自体がもう信じられない。西原理恵子もたびたび男子の国語力の未発達さ、というか女子の早熟ぶりとの差をネタにしているが、あれはもうほんとにそのとおりで、意欲とか関心の程度を作文で評価しようとすると、男子の「思ったことを文字におこす能力」の低さにガクゼンとするのである。

普段からとても面白い発想をする、会話のうまい男子が、文章となると幼稚園児か!というつたないものを出してきて頭を抱えることがある。普通学級の生徒の作文だけを見て要支援学級の生徒と間違えたこともあった。大体、男子女子ともにちゃんと口頭で自分の意見が述べられる子は文章もきちんとしたものを書くが、たまにちゃんと話す力とちゃんと書く力にものすごい落差がある場合があり、これが私の経験ではほぼ男子のみなのだ。また、一般に女子は文章を書かせると量がいくし、広げ方もうまい。題材にもよるが、学級全体にアンケートをとって、それを男子編と女子編にわけてまとめたりすると女子編が男子編の1.5倍にはなる。私の教えてきた教科にもよるのかもしれないが、それでも、教科によっては男子より女子の方が文章が饒舌になりうるとはいえる。

文学界隈の男性はおそらく幼少時から言語能力が発達していた人たちだと思う。文章力は子ども時代を脱した時突然身につくものではないからだ。しかし、彼らはまわりの男子と自分の乖離にうんざりしたことはないのか?こういう事象の担い手はだいたいは子どもがいるような年齢の男性だと思うんだが、自分の子どもたちを見ていないのだろうか?

一部の女子の作文力の高さはいわゆる女子力とも密接に関連していて、こちら(教師)の求めることを察知して応答する力でもある。いい点が欲しいとかいう意識もなく、もうすでにそういう精神性が自然なものとして定着しているのだ。それを思うと私はまた頭を抱えるのであるが。私は「生涯女子」を育てたいわけではない。

それはともかくとして、女の文章力が「男より低い」くらいならともかく、「ない」と思ってる人、存在を疑う人はまわりの子どもらをよく見るといい。間違いなく、男子より女子の方がよく書くぞ。二十歳過ぎたらいきなり逆転なんてそんなことは起こらない。

今思い出したが、私は生徒として、男性の国語教諭に常に高い評価をされてきた。学校を出てすぐまた学校という「男女平等が絶対」の世界に戻ったし、そのため女の文章力を「ない」ことにする男の存在に気づかなかったのだと思う。